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» ブラジル製VWのブログ記事

 

以前、非常に興味深い画像を見つけて、ここに載せたことがある。
http://1985.shumilog.com/2011/01/17/%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%b3%e3%83%80%e3%83%bc%e3%83%89%e3%83%bb%e3%83%a2%e3%83%87%e3%83%ab%ef%bc%9f/

スタンダードモデル?

詳しいことは分からなかったのだが、その後も時々、ネットでこの画像に似た画像を見て考察していた。
そんなときに「Forum Fusca Brasil」というページを見つけたのだが
ここに詳しく 日本語で解説されていた!

↓日本のみんなさん!ブラジルFUSCAフォーラムへ、ようこそ!

http://www.forumfuscabrasil.com/index.php/topic,55369.0.html

とても興味深く 楽しく読めた記事だったので、嬉しくなり
管理人さんにメールを送ろう と、思うまでは良かったが
さて、ブラジルのHPだ ポルトガル語だよね?
四苦八苦して、つたない かつ 確実に間違いだらけの
ポルトガル語もどきのメールを送りました(^^;)

返信は期待していなかったのだけど、2時間ほどしたら返信が来た。
日本語で w川・o・川w

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今晩は呑山さん^^

そちらのメールをもらって、本当に喜びでいっぱいです^^

どうもありがとうございます^^

実はFUSCAブラジルフォーラムで日本語の投稿を書き始めたきかけの一つは、そちらのブログでFUSCA・PÉ DE BOI・ペーデボイの投稿を読んだからです。^^

こちらの知識を分けたくって、そちらのすばらしいブログの投稿がインスピレーションになりました
^^
そして日本でブラジルのFUSCAが元気で走ってるのは我々にとって最も幸せなことです^^

僕は日本で住み、言葉をおぼえ、読み書きがなんとかできるようになったんですが、やはり、日本語はむずかしいです。。。^^‘
読むのは問題はないんですが、書くのがくるしいんですねえ^^

そちらのメールと写真そして、しゅみログ 1985.shumilog.com/ を投稿で紹介をしたいんですが、
そうしても、よろしいですか?^^(是非!^^)

いつでも、気軽にメールを送ってください^^

僕はがんばって次々と楽しい記事を翻訳し投稿をするつもりなので、よろしくお願いします^^

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ええっ!? 俺? 原因は ∑( ̄ロ ̄|||)
その後、管理人のRusmea Rusmeaさんとメールをやり取りして寝たのだが
朝の7時頃、呑山のことを公開しましたよ とのお知らせメールが届いた。

http://www.forumfuscabrasil.com/index.php/topic,56356.0.html

その後、ブラジルのVW仲間からの書き込みも増えて、嬉しいやら
驚くやら…♪

日本とブラジルって遠いよね。
時差はちょうど12時間 つまりは地球の裏側。
そんな遠くの国の人たちと、ネットを通じて交流できるって、スゲェよなぁ。

ワーゲンが紹介してくれた新しい友達だが、この縁を大切にして
末永く交流を続けたいと思う。

日本ではマイナーなブラジル製BeetleことFUSCAだが
本国のブラジルでは当然、主流。 熱いぞ!ブラジルは!

http://www.forumfuscabrasil.com/index.php
↑Forum Fusca Brasil 

VWのブラジリア 雄牛の足 VW・SP2 カルマンギアTC プーマなど
興味深い記事も多い。
ドイツともメキシコとも違うVWの歩みを、日本語で読める
ってのは、魅力的でしょ? 御一読をお勧めいたします(^^)
ビートルに限らず、ワーゲンが好き って人には楽しいページだと思います♪ 

サイトをウロウロしていると、何かの雑誌をスキャンしたような

画像

も見つけた。

…読めません orz
せめて英語なら… 

ごめん ウソ 日本語でやさしく書いてほしい。

見れば見るほど、シンプルだねぇ。
ある意味、KDFの正常進化?
国民が容易に手に入れることができて
必要な機能を備え
整備も簡単
まさに、基本に帰ったビートルともいえる。

このモデルは1965年型。

生産されたブラジルの時代背景を考慮すると、納得できるものがある。
50年代の半ば、「50年の進歩を5年で」のスローガンの元
遷都が行われたが、その政策により多大な負債を抱え
ブラジルのインフレが加速することになった。
1964年にクーデターがおこり、軍事独裁体制が確立。
親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策が推進された。
この軍政の時代に「ブラジルの奇跡」と呼ばれたほどの高度経済成長が
実現したわけだが、このモデルはクーデター翌年に生産された事になる。

軍事独裁政権の是非は置いとくとして、工業化
経済の建て直しには自動車は必須だったろうし
労働者に手の届かない高級車よりも、具体的な目標になる
安価なモデルも需要は大きかったであろうと思う。
ドイツ本国では1965年からボディのラインが変わるのだが
ブラジルで生産されたボディはモデルチェンジされることはなかった。
クーデターだのインフレだの言っていた当時、モデルチェンジなんぞ
できる状況ではなかった という事か?

近代的に窓を大きく モダンな印象を採り入れよう

などということよりも

今までの生産ラインを磐石なものとする

という選択に傾いたとしても納得できる時代背景に思える。
↓以下には1966年製造の「FUSCA」が紹介されている。
1966年型なのに1958年型!? ブラジル製FUSCA
ブラジル製FUSCAってなんだ?

わずか1年違いだから、時代背景にそれほど差は無かろう。
65年型の方は廉価版 66年型のほうはデラックスモデル
と考えると、当時の所得格差や状況が見えてくる気がする。

…などと推察するがね 呑山の考えることだよ?
真相は確認できていないし、本気にすんな?
人に話して笑われても知んねぇぞ~♪

面白い画像を見つけたぁ! と 大喜びしているのだが
いつものように、詳細は不明(^^;)

まあ ブラジルネタだからな。 興味ある人も少なかろ。
Beetleではなく、FUSCAだから、これ(笑)

呑山だもん。細かいことを期待せんでくれ。
ブラジルのスタンダードモデルではないかと思われるのだが
ポルトガル語なんだわ。記事が。
だって、おめぇ どうかしたら日本語さえつっかかるのにさ。
ポルトガル語なんぞ分からんさ。

言い訳はいいとして 見つけたのがこれらの画像。

ジャーマンルックか? と思ったわけだ。

6Vのビートルだが、メッキパーツが白い。
ボディモールも無く、すっきりした外観。
けっこう、好みのスタイル♪ と、記憶に残ったのだが
ネットをウロウロしていると、あちこちで似たような車両を見かける。
それは決まってポルトガル語のサイト、色はベージュと水色のみ。
ナンバーの付いている車両の画像もあり、同一の個体でもなさそう。
ブラジルで流行っている にしても、なんか妙だ と 追いかけてみた。

…室内が簡素 という状態を通り越している…
ひょっとして、ブラジル製VWのスタンダードモデル?
というか廉価版?なのか?だろうなぁ…。
Pé de Boi という綴りをあちこちで見る。
この単語で検索すると、簡素なビートルがたくさん引っかかる。
で、訳してみると 雄牛の足 ????????
え~ とぉ … ???? 根本的に何か間違っている?

STREET VWsとか LET’S PLAY VWsとか
専門誌でこのビートルの解説とかしてたよ みたいな情報
知ってたら教えて! 
あれだ、情けないがコンプリートには程遠いんだわ。
読み逃したり、買い逃したりした本も多い。
専門家が取材、解説してくれているなら、是非、読んでみたい♪

しかし、すげぇ思い切りがいいよねぇ
スピーカーパネルもないし グローブボックスの蓋
ラジオの収まる穴どころか灰皿さえ無い。
1965年型の運転席らしいが、燃料計も無いね。

ダッシュにあるスイッチはおそらく、ライト ワイパー
チョーク
足元にはおなじみのABCペダル
ハイビームの切り替えスイッチ
センターにあるのは予備燃料用のコック
ウインドウウオッシャーのスイッチは見当たらない。
室内灯も無い様だし、ヒーターもノブが無い模様。
…ブラジルではヒーターは必要ないだろうけどな。
ドアのヒンジ付近をみて見るとチェックロッドも無い。
ドアの内張り これは画像で見る限り、単なる板?
簡素な内装 というよりも、作りかけ みたいな感じ。
三角窓のラッチは64年までのドイツ製のものと
よく似ている。80年代のラッチは形状が変わっていたが
いつごろから変更されたのか不明…。

ラッチの詳細は2010年03月16日を参照♪

昨年2010年にレストアされたらしいが、その工程は
↓に記載されている。
http://www.forumfuscabrasil.com/index.php/topic,28840.0.html

…どーでもいいが ブラジル製のFUSCAに興味のある人
いるのかね? 少数派だろうなぁ。

情報、ほとんど無いし。 メキシコ派の人も苦労してそう(笑)
ドイツ、メキシコ、ブラジル 、ベルギー、アイルランド、
ポルトガル、ユーゴスラビア、 ナイジェリア、 南アフリカ、
タイ、マレーシア、シンガポール、インドネシア……
あちこちの国で生産されたビートルはそれぞれの国の事情に
あわせて独自進化したようなところがあり、また、日本のように
輸入した段階で販売ディーラーが仕様変更などを加えたり
EMPIとかOKRASAとかもあるわけだ。
面白いねぇ このクルマは(^^)

80年代の半ばに、株式会社FLAT-4が日本国内に
ブラジル製ビートルを輸入・販売していたのだが
当時の関係者から直接、話を聞くことが出来た。

記憶が正しければ という前置きで、
多少、あやふやになっている箇所もあったようだ。

まず、輸入された台数だが40台程度
50台は入れなかった という話だった。

予想していたよりもずいぶん、少ない。

200台前後は輸入されているのかと思っていた。
当時、纏まった台数を輸入する ということで
株式会社FLAT-4の小森社長他、数名がブラジルに招待されたらしい。
その現地で契約書などを取り交わしたのだが、中に
「見本と違う部品・仕様の車両が混じってもクレームを付けないこと」
という一文が混じっていた というのは興味深い話だった。

21世紀の現在と当時では、多少、事情が違う。
当時のブラジル国内は軍事独裁政権から、民政移管への
過渡期であった。

1964年 クーデターにより軍事独裁政権を確立し
親米反共政策と、外国資本の導入を柱にした工業化政策が推進された。
この時期に「ブラジルの奇跡」と呼ばれたほどの高度経済成長が
実現したが、1973年のオイルショック後に経済成長は失速し
さらに所得格差の増大により犯罪発生率が飛躍的に上昇した。
また、軍事政権による人権侵害も大きな問題となった。
1985年に民政移管が実現し、文民政権が復活したが、
インフレの拡大により経済は悪化し続けた。

では、自動車産業、西ドイツから進出したVWは?というと
1953年にブラジルの現地法人である
「フォルクスワーゲン・ド・ブラジル」を設立し「ビートル」や「パサート」などの生産を行うとともに
「ブラジリア」や「ゴル」などの独自車種の開発、生産も行っている。
1979年には、経営危機を受けブラジル市場から撤退したアメリカの
クライスラーの工場施設や販売拠点を買い取り、中型トラックの生産にも進出した。

また、ブラジル国内では当時からガソリンのほかに、アルコール燃料も
実用化されており、諸外国と違うアルコール燃料仕様の空冷エンジンが
量産されて公道を走っていた。
ブラジル国内では経済的・政治的に混乱していたが、海外資本と
安定した顧客の確保で、優良企業だった と、言えるのだろうが
「見本と違う部品・仕様の車両が混じってもクレームを付けないこと」
というような契約がなされる混乱もあったのだろう。

ビートルが日本に輸入されていたのは、こういう時代の話だ。
詳細は不明だが、1983~1985年前後の数年間の間と思ってよさそうだ。
この時代背景を調べた後だと、FLAT-4が苦労した話もうなずける。

広告に出されていたビートルのボディーカラーは
レッド ホワイト ブルー の3色。ところが、輸入された車両の中には
イエローの車両があり、レッドの数が足りなかった 
という事もあったらしい。
レッドをオーダーした顧客にイエローを納入するわけにもいかず
かといって数は足りず 顧客を待たせたり、特別限定カラーと銘打って
イエローのボディーカラーの広告を出したりもしたらしい。

日本国内で走れるよう、整備しているとガソリン燃料エンジンではなく
アルコール燃料仕様のエンジンが載せられているのを見つけたり
同じ便で到着したのに、細かな部品が違う仕様になっていたり と
日本国内で流通させる基準を満たすべく
かなり、苦労したという話を聞かせていただいた。

当時の雑誌広告などを見ると、ブラジルから12Vのビートルを輸入して
日本国内で6V仕様に改造・販売した という印象があったが、
実際は、日本輸出仕様として「フォルクスワーゲン・ド・ブラジル」が
6Vスタイルの車両を製造。 日本国内ではリアフードを交換して
安全基準を満たすように改修して販売した というのが正しいらしい。

以上の話を聞くと、輸入された数が50台に満たない というのも
納得である。 輸入して右から左に売りさばく とか出来る状況ではない。
これだけ苦労して輸入されたブラジル製ビートル
今ではどのくらいの数が生き残っているのだろうか?
しかし、輸入台数が50台未満 というと、グローリービートルよりも
数は少ないよね。

この希少性に価値を見出すか否かは、人それぞれだろうけど(笑)

ベントウィングっていうのな カタログでは。
まあ、昔から三角窓って言っていたからねぇ。
誰から習ったのか忘れたのだが、あれは三角窓
一本のシンプルなバンパーはヨーロピアンバンパー
二本の豪華なバンパーはアメリカンバンパー

最近はアメリカンバンパーって聞かないな?
方言みたいなモンだったのかね?

それはそれとして

三角窓を外したまま、放置 天候の回復と仕事の隙間を
狙っていたのだが
あまりのんびりしていられないので、無理やり時間を作って
三角窓を取り付けた。

取り外す前の三角窓
ブラジル製の特徴と思われるのだが、ドイツ製の三角窓とはロックの
形状・位置が違う。
’65・’66・’67がこれと似ているよね。
形状は良く似ているが、ロック解除のボタン(?)がない。
つまり、ロックしていない。引っ掛けてるだけ(笑)

個人的には、ブラジルモデルのこのロックが大好きだ。
ロック解除ボタンのない簡素な金具が、無意味に愛らしく思える。
大好き なのだが ドアの三角窓のシール下が錆びていたように
このクロームの窓枠にも被害が出ている。

…ふだんは目立たない部分だが、夏に全開にしたときには、思いっきり
目立つ部分ではある。
64年式の三角窓一式も揃っていることだし 交換してしまうか
でも、これを変えるとブラジルモデルの特徴がひとつ 消えてなくなるし
しかし、クロームの下の錆はだいぶ、進行しているのではないだろうか?
このまま放置していても大丈夫か??

いろいろ考えたんだが、結局、64年式についていたドイツ製の三角窓と
交換しました。

アディバイダーバーに引っ掛けて留めるブラジル製だと、
ラッチプレートも移植してやる必要もあるし
そうなると、ドアディバイダーバーにあるラッチ受けは
無意味な出っ張りにしかならない。

ええい まとめて移植してしまおう ということで

当初、錆び止めだけ の予定だったのが、三角窓の移植 
という大工事(?)になってしまいました。
まあ 慣れた人なら簡単な作業なのかもしれないけれどねぇ
三角窓を外す という工程じたい、初めてだったしネットで探しても
工程を解説しているサイトは見つけられなかった。

目につくネジを片っ端から外して ばらばらにしたら、
もう後には引けない。
またしても、途中経過を撮影することも忘れて、
なんとか組み付けましたが
やあ 手探りでもなんとかなるもんだねぇ…♪

で、なんとか格好はついたんだけどね。
三角窓とドアディバイダーバーの間に デケェ隙間が
出来てるんだ。これが。

すきま風 とかいうレベルでは済まないだろう というくらい。
ラッチの位置が悪かったか?
ゴムのはめ込み方に問題がある?
なんにしても、部品の精度には問題ないはず。
作業した人間が悪いのは明白なので、再度、調整しながら
組みなおし が正解。

…なのだが、仕事の隙を縫って作業しているので、これに
1日、費やすわけにもいかない。
とりあえず 隙間にはゴム切れ端を両面テープで貼って、
すきま風・雨漏りだけは避けられるようにした。
今日のところは、これで時間切れ。

どーにもこーにも 間の抜けた話である。
まあ 当初の目的であった錆止めだけは、丁寧にPOR15を
塗りつけたので大丈夫 だと思う。

ちなみに、三角窓の交換は助手席側のみ。
運転席は元のままのブラジル製の三角窓である♪
左右で違う三角窓っつーのも、話のタネにはなるわな。
出来るなら、ブラジル製の程度のいい三角窓を再度、
入手して元に戻したいと考えているのだが
難しいだろうなぁ やはり…。

ブラジル製の謎

| ブラジル製VW |

ビートルの購入を考えている というか
手続き進行中。

ブラジル生まれなのはプレートで確認できたんだがね
輸入されたのが1985年 だとか
FLAT4が販売した とかも分かった。

けれども、ドイツやメキシコならまだしも
ブラジル製 となると資料が無い というか見つからない。

ブラジルは窓のサイズが小さい古いタイプのボディで生産が続けられた
とか
独自のパーツがある
とか
本で読んだりネットで見たりしたことはあるが
詳しいことはかいもく、分からんっ。

80年代の「FUSCA」の資料やら、現地の写真やらを見ると、
窓が小さい以外は日本の高年式と大差ないように見える。
給油口も確認できるし、リアにはギョウザも備えている。
ダッシュパットに角型メーターはブラジル独自の形状か?
で、問題の車両 現状は中途半端な62バケ。

給油口もギョウザも埋まっているので、ドアのロックノブと
アウタードアハンドルに目をつむれば、62~64ボディと見分けは付きそうも無い。

これは、FLAT4が販売したとき、板金してバケロクにしたんだろうか?
それとも、前オーナーが埋めたのか?
80年代中ごろに、ブラジルで給油口の無いボディが販売されていた
と言うのは考えにくいような気もする。
妙なのは リアエプロンが「H」なプレスラインの入る 60年までの
リアエプロンが付いていること。

日本国内でバケロクになったのなら、65~66年くらいのリアエプロンが付いていそうなものだ。
リアエプロンを見る限り、日本国内で化けた というのは無理がある
ような気がする。

ブラジルを出る前に、古いプレスラインのリアエプロンを付けたのか
それとも、12Vタイプのほかに、モデルチェンジしていない6Vタイプの
車両も販売されていたのか?

当時のことを知る人や 雑誌の資料を持っている人から見たら

「そんなことも知らんか」

とか言われそうだが 知らんものは知らんのだ。
っていうか FLAT4に問い合わせれば、
教えてくれそうな気もするけどね。
誰か、ブラジルビートルについて、知っている人、いませんか?

年式 1985(S60) ハンドル 左
走行距離 99150Km
ミッション フロア4MT
排気量 1600cc
生産国 ブラジル